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20年間生きて来てようやくADHDと気づいた女子大生の備忘録

「今までのわたし」という境界線





20年間生きてきて、最近よく思うことがあった。
どうも、生きづらいな、と。



大きな事件や、決定的な何かがあったわけではないが、
ただ漠然と、人間に向いてないかもしれない、と思うことがあった。
それは20歳になってからの、わりと最近思い始めたことだった。

しかし、地球上には自分の知り得ないほど多くの人が溢れている。
こんなにもたくさんの人々が生きる世界。
私より、はるかに長い時を生きてきた人もたくさんいる。

みんながみんな、生きづらい、人間に向いていないなどと思っていたら
この世の中は、こんなにも繁栄するわけがない。
みんな、つよいんだなあ…と、神戸の街を行きかうたくさんの人々を見ながら、漠然と思った。

気丈に、生きねば。

そう思いつつも、自分のこころの奥底にひっそりと、でも確かに存在する、生きづらい、という感情。

きっと、疑問を持つきっかけはそんな些細なことの積み重ねだった。










今まで、私はこういうところがあるな、直さなければならないな、と自身で思い、気をつけてはいながらも、直すことができず、ここまで生きてきた。
しかしながら、例えそれができなくても、死に直面したり、私の生活が180度変わってしまうような大参事になったことはそうなかったので、またやってしまっただとか、そういった自己嫌悪するまでに、全てとどまっていたのだと思う。

人に迷惑をかけたり、恥ずかしい思いをしたり、もう二度としたくない、という失敗をした場合は、直さなければならないという意識は高まるので、自分の中で、あまりに鬼気迫る案件には、それなりの努力や工夫でカバーしてきたんだと思う。







「もう大人やろ?20歳なるんやろ?(なのに、なんでそんなんなん。)」

20歳になる前や、成人を迎えてから母からよく言われるようになったことば。
直そうとは思ってるし、がんばってるわ!!!
やのに、そんなこと言われても直されへんねん!!!!


時折感じる世間とのズレが、20年積み重なって、ようやく私に疑問を生じさせた。
私はこんなところがある。
気をつけなければ(でも、直らない)。直さなければ(でも、直せない)。

いや、でも、ここまで著しく酷い人間、見たことあるだろうか、と。

考えてみて、いや、見たことない。きっとこんな人間ばかりだったら、
世の中もっとおかしなことになっているはず…。




じゃあ、なんで私は、こんなんなんやろ?


こんな人間、他にいるだろうか?
一度、考え始めると、やっぱりどう考えてもおかしいと思った。
2014年5月末のことである。












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